混じり気のない気高き青でありたい

合理化された近代文明の讃美者

We Are the Champions


ー君は強いのか、それとも弱いのかあるいは

僕は、勝ち組になりたいとは強く思っていたりはしない。
かといって、負け組でいいのか?と聞かれるとこれもまた良い返事はできない。


勝ち負けが適用されるのは「公平fairな世界」にしかないと考えるからだ。


君が思い描く公平fairな世界とは何だろうか。

スポーツのような規則によって縛られた状態で競争するものか、それとも生を受けもった環境そのものなのか、あるいは僕が君を敵だと判断し、個人の主観によって変わる他者をも巻き込む政治的なものなのか。

一概に、公平な世の中というのは誰かが恣意的に定義し、提唱し根付いたものであって、それらは有効的に働くとは僕には到底思えない。生まれ持った環境なんて、それこそスピリチュアルな世界に展開するし、またスポーツのような世界ではフェアプレー精神などといった様々な要素が多く混在するのでこれらは判断しづらい(人によってどれがフェアなどかも定かではないだろう)。


では、人間以外の生物はみな勝ち負けといった世界で生きているだろうか。


彼らの生と僕らの生は同じようであり全くの別種なものであると考えた方がよいだろうけども、人間には知性という特別な力を生まれた時点で授かっていることを除けば同じ=で結ぶことが出来るはずである。

だが僕らは線引きを引き、生物と人間との境界線を引いて生きている。

これは果たして公平なのか。

僕が言いたいのは、勝ち負けの要因を作るのは僕自身で、君自身だということである。
結局のところ、僕は僕の考えを人に押し付けるようにして文章を書き、読んだ人たちはその書かれた文章を自己解釈する。つまり、他者に波及させることこそが勝ち負けを生んでしまう原因であり、人の価値観そのものを揺るがせてしまうものではないかと僕は思っている。


結論
ー勝ち負けというのは所詮人間が作ったただのエゴでそれを鵜呑みにして生きるな、ということなのです。

このブログはほとんど思いつきをそのままタイピングしているので、思考や論理がガバガバな所が多くあると思いますが、僕の思考をただ垂れ流しているだけのものなので大した意味はありません。



終わり


おまけ
・僕自身ロックはあまり聴かない方なんですけど、たまに聴きたくなる時があってその時は決まってOasis, Queenといった大御所のバンドばかりです(にわかなのでしょうがない笑)良きgood loserでいましょう。僕らはチャンピオンなんですから…