混じり気のない気高き青でありたい

合理化された近代文明の讃美者

ニーチェとの対話

何を成したくて生きているのか、何を理想として掲げるのか。

つい最近(一年前)までは、地元私大に通い様々な友人と出会い、遊び、勉強のべの字もないほどにアルバイトに明け暮れていた日々を一年間過ごしていた時期(時系列でいうと二年前になります)がありました。その後、僕は何を思ったのか大学生活初の春休暇中に「大学をやめて僕が本来行くべきだった大学へ(学問)行こう」といった一種の自己陶酔のようなものに陥り、晴れて大学二年生になったのも束の間、わずか一ヶ月という短い期間で地元私大を中途退学してしまったのです。

と、ここまで書いてしまえばある種の再受験ストーリーじゃないかという考えを抱くのが普通なことですし、僕もそういうつもりでここにこうしてブログという形で不特定多数である方々に形あるものとして残そうと思っています。

しかし、他の受験ブログのような僕の境遇もここではあまり深く言及せず、あくまで僕が思考したことを文字として書き記すのであって受験のブログにはなれないし、あるいはそうでないかもしれない。

ただ、僕がこのブログを通して伝えたいことは勉強=受験ではないんだよ。
僕と違って、正しい道を君が選択することができる意思があれば、多くの選択肢が君には残っているんだ、と声を大にして伝えたい。

でも、僕は大学中退(学歴上では高卒の方が正しいかもしれない)なのによくこんなこと言えるなという意見も必ずでてくると思いますが、これら僕の思考の記録は主観的に書き綴っているのであって特定した人物について言及したものではないので悪しからず。



ー思考の記録とは自己との対話であり、精神と向き合うための手段である。



終わり



おまけ
・不自然な題名だと思った方もいるかもしれませんが、たぶん(確実性はないけど)僕がふと頭に浮かんだ本のタイトルなんですよね。笑 面白いじゃないですか、僕は好きです。